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ツアー2日目、チビ達お待ちかねの真駒内会場だ。チビ達はすべり台用にビニールパンツをはいて準備完了だ。しかし、8:45くらいからバスは止まったまま。ここ真駒内会場は自衛隊基地内であるため、開場の9:00きっかりでないと入れないのだ。早めに出ていた我々のバスは、7〜8台目で駐車場に入場できたが、我々の後には数十台のバスの列が並んでおり、なかなか壮観だった。
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残念なことに、真駒内開場の滞在時間は45分。このあと小樽を経由して函館までの旅程があるためだ。少ない時間だが、開場一番ということであまり並ばずにすべり台で遊ぶことはできたのだが、チビ達はもっと遊びたかったようだ。すべり台のほかにはチキンラーメンのひよこちゃんやチビ達が大好きなしまじろうなど多くの雪像も並んでいる。全体的に子供向けといった感じの会場である。ま、1回くらいはということで、かみさんもすべり台にチャレンジ。朝9時過ぎで気温が低いので、ジーパンで氷の上を滑っても濡れる心配はないのだ。
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無論、おやじも滑った。童心に返るというか、氷のすべり台は初体験ということもあり、なかなか楽しめた。
短い滞在時間の後、我々は一路小樽へ向かった。「裕次郎記念館」などに全く興味を示さない我々家族は市民の集う商店街へと向かう。ネットで調査済みの地元の人に人気の寿司屋に行くためだ。ここ「みよ福」は小樽の商店街から路地に入ったところにある。寿司屋横丁の特上にぎりが三〜四千円なのに
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ここ「みよ福」では1800円だ。安すぎ!
うに、イクラ、ぼたんえび、ほたて、北寄、全部美味しいが、特筆すべきは玉子焼(蟹入り)だ。これは美味い!これらをたいらげた後、「お薦めは?」との問いに出てきたのが「しゃこ」と「たらこのしょうゆ漬け」だ。こちらも「おいしゅうございました。」
てな感じで、小樽の記憶は寿司だけ!という訳でもない。寿司屋からバスの駐車場までの雪道を歩き、その道沿いに小樽運河があった。運河は、一般的に陸地を掘った水路をいうが、小樽運河は海岸から一定の海面を残し、その先の海を埋立てて造ったという。
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このため運河の底には自然が残り、当時は運河にもぐると貝などがたくさん獲れたらしい。運河としての役目を終えた後、埋立てか保存かの論争の末、半分を埋立て、現在の姿になったとのことだ。
小樽を後にし、一路函館へと向かう。5〜6時間の移動である。ガイドさんの様々なネタ話(使用禁止になったスパイクタイヤの鋲が「滑らない」ということで、受験者のお守りとして結構売れた等)が飛び交う中、
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一時だけ雲が晴れ、羊蹄山が顔を出した。
さて、ようやく函館に着いた一行は函館山ロープウェイ(リンク先でリアルタイムな景色を見ることができます!)で山頂へ。ひっ常〜に寒いのだが、でも、この夜景はすばらしく、見入ってしまう。さすがは日本三大夜景(函館、神戸、長崎)のみならず、世界三大夜景(函館、香港、ナポリ)にまで数えられる函館の夜景といったところか。両サイドの湾がかもしだす光の曲線が美しい。
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ガイドさんの話によると、「函館夜景の日」というのがあるという。1991年、当時東京にいた函館出身の学生さんの発案で、夜景の『ヤ』=8、『ケイ』=K=トランプの13とする8月13日を『夜景の日』としたそうだ。夜景の日には花火など催しがあるらしい。

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ツアー最終の3日目。バスで大沼公園へ。ここにもチビ達の大好きな「氷のすべりだい」があった。実は、このツアーを申し込んだ際、この大沼公園の工程は全く期待していなかった。「ただ寒い公園じゃねーか?」と言う思いが強かったのである。しかし、チビ達はすべり台があって大喜びだし、私もスノーモービルで結構楽しめたし、全面が凍った大沼の向こうにそびえる駒ケ岳・・・てな景色もなかなかのものだった。
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氷のアザラシに抱きつくゆうき
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寒さでおかしくなったのか、変な色気を出すみゆ
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大沼公園を後にして函館に戻った我々は、函館朝市付近で昼食をとった。きくよ食堂である。この巴丼(うに、いくら、ホタテ)は結構有名で、いろんなテレビ番組にも登場している。ゆうきはイクラ、みゆはエビ、との意見から、エビいくら丼を注文。この他に時期外れなのだがイカソーメンを注文、時期外れながらプリプリのエッジの立ったイカはコリコリで非常に美味。無論、どんぶりは美味美味だった。
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小樽同様昼食以外に余り関心のない家族一行は、一応赤煉瓦倉庫を見て廻った。昔の俳優のような雄輝の後ろに広がるのは函館港、私とチビ達の後ろは赤煉瓦倉庫軍とその後ろは函館山だ。先日の夜景はこの頂上から望んだ。
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その後再度ツアーバスに集合し、暫し走った後、函館元町散策をした。カトリック元町教会、ハリストス正教会、聖ヨハネ教会、旧函館区公会堂などをチラリと見て、あっという間にまた移動だ。
次に向かったのは五稜郭、日は暮れライトアップされた五稜郭の輪郭がはっきりし始めた頃に「五稜郭タワー」に登った。
戦国時代の西洋で街を守るために考案された星型の城郭が、ここ函館に江戸幕府の手に
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よって築造された。そして明治維新後において榎本武揚や土方歳三等で有名な函館戦争の舞台となるのである。国防強化のために建設された要塞は、日本人同士の戦いに用いられたのである。
この五稜郭は、当初は街が入るほどの、いわゆる城郭都市として建設される予定だったが、工期や費用の面で現在の大きさに縮小され、箱館奉行所と、兵舎、弾薬庫、食糧庫などが置かれるのみとなったらしい。箱館戦争終結後、奉行所の庁舎や付属の建物は明治4年に解体され、その後陸軍省の管轄下になった。しかし、大正3年に公園として一般に開放され、大正11年には国の史跡として指定されたそうだ。
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その五稜郭のタワーの展望室に、願い事を書いて木に結ぶといった、七夕のようなイベントがあった。しかし、結びつける木は「もみの木」のようで、見た目はクリスマスツリーである。このイベント、全く意図不明だが、近くにいたおばちゃんに「お嬢ちゃんも書いたら?」といわれ、美優が一筆揮った。
「みんながなかよくくらせますように」
周りにいたおばちゃんと我ら家族一同は、
「おぉぉ!」
唸り声を上げた。みゆ、いや、メシアよ!
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2003年の雪まつりの来場者数は、大通り公園及び真駒内の両会場合計で223万人、昨年より約6万人の減、飛び石連休の影響だろうとのことだ。
帰ってきてからの雄輝の一言。
「こんどはあったかいところがいい・・・。」
ゆきまつりみち −完−
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